2015年12月06日
● 父 逝く
こうゆう話題は書かないほうが良いのかも・・・と思う反面
入院のことを書いた以上 ご報告せねば、と思いパソコンに向かうのですが、
何か書こうと思っても、うまく気持ちを伝えられそうになく・・・
そんなわけで 考え 考え 書いてます。
輸液ルート、導尿、気道チューブ、動脈ライン、サチュレーションモニター等 たくさんのチューブやセンサーが取り付けられた重症患者のことを『スパゲティ症候群』と呼ぶのだそうですね。
10月末に危篤状態になって以降の父はまさに『スパゲティ症候群』でした。
しかし亡くなる前日まで意識があり、もしかしたら年越しできるのではないかと思ったのですが、
主治医の宣告どおり、残念ながら入院から96日目の11月25日に亡くなりました。
80歳でした。
80歳なら長生きなほうでしょうか。
何歳であろうと、母と私達子供にとっては大切な夫であり父ですから、
寿命と言われても父を失った思いが軽くなるはずもなく、
肺炎にさえならなかったら、骨折さえしなかったら もっと生きられたはず・・・そう思うと無念でなりません。
強靭な精神力の持ち主の父は痛みに耐えるためいつも数を数えていました。
スパゲティー症候群状態になっても痛い痛いと言いながら数を数えていました。
私は痛みを紛らわすため毎日父の身体をマッサージしてましたが、最後の一週間は全身が浮腫んで身体中から体液がしみ出し、身体中ぐるぐる巻きにされてしまったので揉むところがなくなってしまい、耳を揉んでました。
私の手はまだ父の体温を覚えています。
いつか忘れてしまうんでしょうか。
体調が良くないにもかかわらず、一日も欠かさず父に付き添った母・・・
入院しても父の殿っぷりは相変わらずで、看護師さん達も呆れていましたが、母は最後まで父に尽くしていました。
見事な夫婦愛でした。
残念な結果になりましたが、きちんと父を見送ることができました。
ちゃんと親孝行する時間をもらい、全力で孝行することが出来たので悔いはありません。
母も父に頭を撫でてもらったので悔いはないそうです。
これからは弟達と母を守り、父が死をもって教えてくれたことを忘れず生きていきます。
長い話を読んでいただき ありがとうございました。
昨日焼いたぱん。
どんな時も人は生きていくために食べなくちゃならないから。
蜜柑酵母です。
入院のことを書いた以上 ご報告せねば、と思いパソコンに向かうのですが、
何か書こうと思っても、うまく気持ちを伝えられそうになく・・・
そんなわけで 考え 考え 書いてます。
輸液ルート、導尿、気道チューブ、動脈ライン、サチュレーションモニター等 たくさんのチューブやセンサーが取り付けられた重症患者のことを『スパゲティ症候群』と呼ぶのだそうですね。
10月末に危篤状態になって以降の父はまさに『スパゲティ症候群』でした。
しかし亡くなる前日まで意識があり、もしかしたら年越しできるのではないかと思ったのですが、
主治医の宣告どおり、残念ながら入院から96日目の11月25日に亡くなりました。
80歳でした。
80歳なら長生きなほうでしょうか。
何歳であろうと、母と私達子供にとっては大切な夫であり父ですから、
寿命と言われても父を失った思いが軽くなるはずもなく、
肺炎にさえならなかったら、骨折さえしなかったら もっと生きられたはず・・・そう思うと無念でなりません。
強靭な精神力の持ち主の父は痛みに耐えるためいつも数を数えていました。
スパゲティー症候群状態になっても痛い痛いと言いながら数を数えていました。
私は痛みを紛らわすため毎日父の身体をマッサージしてましたが、最後の一週間は全身が浮腫んで身体中から体液がしみ出し、身体中ぐるぐる巻きにされてしまったので揉むところがなくなってしまい、耳を揉んでました。
私の手はまだ父の体温を覚えています。
いつか忘れてしまうんでしょうか。
体調が良くないにもかかわらず、一日も欠かさず父に付き添った母・・・
入院しても父の殿っぷりは相変わらずで、看護師さん達も呆れていましたが、母は最後まで父に尽くしていました。
見事な夫婦愛でした。
残念な結果になりましたが、きちんと父を見送ることができました。
ちゃんと親孝行する時間をもらい、全力で孝行することが出来たので悔いはありません。
母も父に頭を撫でてもらったので悔いはないそうです。
これからは弟達と母を守り、父が死をもって教えてくれたことを忘れず生きていきます。
長い話を読んでいただき ありがとうございました。
昨日焼いたぱん。
どんな時も人は生きていくために食べなくちゃならないから。
蜜柑酵母です。
Posted by ピッキー at 18:18
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http://picky.mediacat-blog.jp/t113425
この記事へのコメント
96日間の看病、本当にお疲れ様でした。
ほんとはもっともっと長く、
お父様のからだを心配し、
がんんばっていましたよね。
大切な方を亡くされたPさまとご家族のお気持ち、
想像しただけでも心が張り裂けそうになります。
お父様の温かいからだの記憶、
スパゲティになっても耐え抜いたお父様の精神力、
心と体に刻まれていることと思います。
立ち直らなきゃとか、乗り越えなきゃとか、
あんまり考えなくてもいいんだと思います。
体に気を付けて、
せめて必要な休みはとってくださいね。
ほんとはもっともっと長く、
お父様のからだを心配し、
がんんばっていましたよね。
大切な方を亡くされたPさまとご家族のお気持ち、
想像しただけでも心が張り裂けそうになります。
お父様の温かいからだの記憶、
スパゲティになっても耐え抜いたお父様の精神力、
心と体に刻まれていることと思います。
立ち直らなきゃとか、乗り越えなきゃとか、
あんまり考えなくてもいいんだと思います。
体に気を付けて、
せめて必要な休みはとってくださいね。
Posted by こけっこ at 2015年12月06日 20:56
Pさん、
長い間、お父様の看病お疲れ様でした。
お父様も痛いのを我慢して数を数えていたと言う事で、
考えただけでも、ココロが締めつけられそうです。
お母様は大丈夫でしょうか?
元気になるには、まだまだ時間がかかると思いますので、
ゆっくりゆっくり・・・
時間をかけて体力取り戻して下さい。
これから寒い日が続きます。
風邪には用心して下さい。
pさんのぱん、いつも愉しみにしています。
長い間、お父様の看病お疲れ様でした。
お父様も痛いのを我慢して数を数えていたと言う事で、
考えただけでも、ココロが締めつけられそうです。
お母様は大丈夫でしょうか?
元気になるには、まだまだ時間がかかると思いますので、
ゆっくりゆっくり・・・
時間をかけて体力取り戻して下さい。
これから寒い日が続きます。
風邪には用心して下さい。
pさんのぱん、いつも愉しみにしています。
Posted by yu-ji at 2015年12月07日 13:49
こけっこさん yu-jiさん こんにちわ。
コメントありがとうございます。
入院した時は まさかこんなことになるとは思っていませんでした。
肺炎と骨折が治ればまた三人で暮らせるものと信じていました。
夜 携帯が鳴るとビクッとします。
もう 病院からの呼び出しはないのにね。
今日は午後 入院していた病院へ診断書をお願いしに行ってきます。
96日間通った病院。。。まだ父が居そうな気がします。
母と私の心配 ありがとうございます。
母は 昼間は弔問客や電話の対応に追われ忙しくしていますが、
夜になると ぼーっとしています。
でも作ったものはちゃんと食べてくれて、そうゆう意味では心配はなく助かります。
私は葬儀当日倒れてしまい周囲に心配をかけましたが、少しずつ体力が回復してきています。
我が家は忌中につき年末年始のご挨拶はご遠慮することになりますが、
こけっこさん、yu-jiさんは良い年末年始を過ごされますように。
今後とも宜しくお願いします。
ありがとうございました。
コメントありがとうございます。
入院した時は まさかこんなことになるとは思っていませんでした。
肺炎と骨折が治ればまた三人で暮らせるものと信じていました。
夜 携帯が鳴るとビクッとします。
もう 病院からの呼び出しはないのにね。
今日は午後 入院していた病院へ診断書をお願いしに行ってきます。
96日間通った病院。。。まだ父が居そうな気がします。
母と私の心配 ありがとうございます。
母は 昼間は弔問客や電話の対応に追われ忙しくしていますが、
夜になると ぼーっとしています。
でも作ったものはちゃんと食べてくれて、そうゆう意味では心配はなく助かります。
私は葬儀当日倒れてしまい周囲に心配をかけましたが、少しずつ体力が回復してきています。
我が家は忌中につき年末年始のご挨拶はご遠慮することになりますが、
こけっこさん、yu-jiさんは良い年末年始を過ごされますように。
今後とも宜しくお願いします。
ありがとうございました。
Posted by P at 2015年12月09日 12:39
pさん
看病お疲れ様でした。。
最後まで優しい家族に見守られ
お父さま幸せな人生でしたね。
まだまだ、忙しい日々が続くでしょうが
体調に気を付けお過ごしください。
看病お疲れ様でした。。
最後まで優しい家族に見守られ
お父さま幸せな人生でしたね。
まだまだ、忙しい日々が続くでしょうが
体調に気を付けお過ごしください。
Posted by willow at 2015年12月09日 14:26
Willowさん こんばんわ。 コメントありがとうございます。
父、とうとう逝っちゃいました。
難しい父でしたが、入院してからは心のキャッチボールが出来たので、嬉しかったです。
ちゃんと見送ることが出来たので後悔はないけれど、もう一度 私が焼いた山食を食べてもらいたかったです。
これから母と二人暮らしになりますが、父が心配しないよう 母と二人寄り添って穏やかに暮らしていきます。
寂しいから、また来て下さい。
父、とうとう逝っちゃいました。
難しい父でしたが、入院してからは心のキャッチボールが出来たので、嬉しかったです。
ちゃんと見送ることが出来たので後悔はないけれど、もう一度 私が焼いた山食を食べてもらいたかったです。
これから母と二人暮らしになりますが、父が心配しないよう 母と二人寄り添って穏やかに暮らしていきます。
寂しいから、また来て下さい。
Posted by ピッキー at 2015年12月09日 20:04